飯田のおいしいもの
地元の人に「ここのおいしいもの何?」と聞くと、たいてい名物料理や特産物の自慢話になります。
長野県飯田では「う~ん、名物料理は特にないです。しいていえば、果物とか漬物かな」の答え。ズバリこれというのがないようで少々残念、と思ったのは最初だけ。
ありましたありました、おいしいものプラスおいしいこと。要は、わかるまでその土地と付き合うべし、ということですね。
立ち寄ったお蕎麦屋さん。お蕎麦はもちろんおいしかったのですが、店内に大きなロウバイが活けてあり、店員さんが毎年活けること、咲かせる世話の仕方、店名の由来などていねいに説明してくれます。
また明日も来たくなるから「あすき」という名。ご主人にこうして送られると本当にすぐ来たくなります。
飯田から少し離れた、温泉にある道の駅を訪ねると、お寿司屋さんが入っていました。「昨日、名古屋まで行って仕入れてきたから今日はいいネタだよ」とお店の人は語ります。
そのいいネタの海の幸のお寿司を近所の人が買いに来ています。山深い地での海の味は地元のご馳走。私はよそ者なので、珍しい馬の握りを頼みました。
飯田市内の「砂払温泉」に泊まりました。「昔、旅人がここで旅の砂埃をはたいてお湯に入ってさっぱりして、いざ飯田の歓楽街にくり出したんで砂払温泉。その時、小腹を納めたのが五平餅」とご主人の弁。
五平餅はここが元祖だそうです。丸い形がかわいい!香ばしくて甘くって、なつかしい味です。
お宿では、馬刺しと「おたぐり」が出ました。馬の腸の煮込みですが、塩味でさっぱりしています。長い長い腸をたぐり寄せて、中を洗うことからこの名がついたとか。
「それぞれの家で、味付けが違いますよ。買うところで、おたぐりも違うし」と女性従業員の方。メインの料理ではありませんが、飯田の人にとってこだわりの味なのでしょう。
「猿庫(さるくら)の泉」です。江戸時代、茶人が良い水を求めて天竜川を上り、ようやくこの泉を発見したという逸話が残ります。
口に含むと、どこにもひっかからずにストンと喉深くに落ちていく実に癖のない味です。おいしい水というより、素直な水でした。
水の後にはお菓子、ということで連れて行っていただいたお店には珍しい「お赤飯饅頭」がありました。普通のお赤飯を甘い味の皮が包みます。
「この辺じゃ当たり前ですけど、珍しいですか」とお菓子屋さんのおかみさん。息子さんと2人でがんばってお店をやっていることが、お話から伝わります。
飯田に私は地域観光を育てるためのワークショップにうかがったのですが、その懇親会に出たのが「揚げ饅頭」。
「飯田では、うれしい時も悲しい時も揚げ饅頭なの。揚げ饅頭用の饅頭を売ってますよ」と、お料理を作ってくださった地元の女性。法事もお祝いも必ずこのお饅頭なのだそうです。
懇親会のあとに行ったのが駅前の小さな飲み屋さん「〆清」。コップに、こぼれないで山盛りの量のお酒をピタリと注ぎ分けるご主人の技にうなります。
瓶ビールの栓の抜き方も、実に渋いパフォーマンス。店のしつらえご主人の巧みさ全てが飯田の印象の格を上げている感じ。
「豆腐がおすすめ、ネギダレだよ」とご主人。偉そうでなく講釈を語るわけでもなく、でも基本情報をさらりと伝えて存在感のある居かたがさすがです。
「〆清」の「おたぐり」は少し濃い味、七味をかけて。お酒に合いました。
喫茶店で蜂蜜トーストを頼むと、蜂蜜を地元産地で選べるポップがありました。写真を撮ろうとすると「わあ、うれしいです」と女性店員さん。
帰りのバス車中で食べるために持ち帰りを頼むと、実にていねいに食べやすく包んでくれました。
飯田のおいしいものは、つまりは、「もの」はメインにならない“小物”でも、そこに人のメッセージや物語や雰囲気がかぶさって、要は「こと」が加わって「おいしい」になる。そんなことなのでしょう。「おいしい」はそもそもそういうことなのかも知れませんね。
道の駅で買った、「ナズナ」「タマシロダケ」「桜の塩漬け」も、土産話とともに我家で飯田のおいしいものとなりました。"