潮騒散歩

ゆとりある記

三島由紀夫が1954年に発表した小説『潮騒』、その舞台となった三重県鳥羽市神島を歩きました。周囲4キロ、たった一人で誰にも会わずに、波の音を聞きながら。

島に入る前に『潮騒』読んでいったので、名場面を確かめるにわか文学少女気分です。普通なら「きれい」「おいしい」を連発するだけの旅ですが、同じ風光明媚に物語がかぶさると、また違う深い印象を得る時間でした。

鳥羽から14キロ、人口440人。船が着くと蛸壺がずらり、ここでまだ『潮騒』を読み終わっていない私は、何とか読み終わってから歩き出そうと残り10ページぐらいを速読したのでした。

『潮騒』についての案内があります。三島はこの島に2回やってきて、翌年作品を発表しました。小説の中では「歌島」の名で出てきます。漁師の「新治」と美少女「初江」の純愛物語ですが、浜田光夫・吉永小百合、その後は、三浦友和・山口百恵のカップルでの映画の方が知られているかも知れません。私もそのくちで、百恵ちゃんと友和さんのセミヌードの絵柄が目に焼きついているものでした。

ごみについての表示、これが今の神島の現実。運動不足の私の身体には島一周がきついのも現実、この日泊まる「山海荘」というお宿でまずは杖を借りました。

三島が取材した昭和28年といったら私の生まれた年です。その頃この島には、時計がここだけにしかなかったとか。今は観光用でしょうか、チャーミングな時計が。(でも故障中)

洗濯場が残っていました。貴重な山からのしぼり水。ここで島の人たちはおしゃべりしながら洗濯を。今も何かを洗うのに使われているようです。

八代神社への階段。ここだけではありません、島のほとんどの道は狭く急な坂だらけです。

神社への階段から振り返ると海、三島がほめた風景ですが、神社近くは木で覆われ景色は見えません。それでものどかさは変わらないのでしょう。「サンマの販売について~♪」などと、放送が流れています。

神社にはアワビの貝殻に愛を誓うメッセージが。やっぱりここは、二人で来るところなのかも。

散策道を登っていくと、海が開け伊良子岬と急流が流れる伊良子水道。船がたくさん通ります。

小さな神島灯台。灯台守夫婦の話が物語りには出てきます。ふ~、とここで一休み。昨日買ってきた、パンをかじっていると3羽のトンビが。私を歓迎しているのか、パンを狙っているのか。

カンテキショウ跡。監的しょうとは陸軍の施設で、対岸の伊良子岬から試し打ちされる砲弾がどこに落ちたかを監視していて報告する施設だとか。毎日ここにいて、海を見つめている、昔はそんな仕事があったわけです。

昭和4年に建てられたカンテキショウは、いまや廃墟ですが。三島はこの古い建物を炎のようなロマンスの現場にしました。大雨の中、ここに避難し、焚き火で服を乾かし暖をとる恋人たち。初江が自分のことを本当に好きなら、その炎を飛び越えて来い!と新治に言い放つのが印象的です。

道を彩るツワブキ。こんな道なので一人歩きでも寂しくありません。

道から乗り出して、崖下をのぞくと神様が降りてくるような美しい海です。

石灰岩の岩肌。カルスト地形というそうです。

ついついきれいな砂浜に下りました。本当にザ~ザ~と波が心地よい音をたてて私の眠気をいざないます。

思わず昼寝に入っていると、軽い竹の杖が波に運ばれるところでした。

甘いクコのも実。誰も採る人がいません。

お墓。捕獲魚貝類水族の慰霊の塔婆が立っています。

やっぱり、歩くのは一人に限るな~。人がいればしゃべるから潮騒が聞こえない、深く細かく観察できない。加えて物語をたどりながらだと、想像力を働かせて時間旅行ができる。
こんな時間が、妙に大切だと深く感じたのでした。