農引退

ゆとりある記

あるお宅を訪ねたとき、立派な衝立にこの言葉がありました。そこのおばあちゃんは今年米寿、衝立の引退宣言は81歳の時ご主人と記したものです。

瓢箪や銘木に書や絵を描くのが、趣味。沢山の作品に囲まれて「楽しいよ」とおっしゃいますが、この引退宣言は重い言葉です。

「耕して耕して六十年・・・・いつか農の時代が巡りまわって来ることを祈願します」と。
青森県田子町で。

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衝立にある全文は、以下のような文章です。読みやすいように句点だけ入れました。プライベートなことですので、ここではお名前には触れません。

「○○農家を継がせてい戴き農退の時が参りました。先祖様は家内安全子孫繁栄を祈り多大の資産を求め下さった苦労を思へば申訳なく考へに考へた結果時代の変化と老いの節目として止む得ず農退決意したのです。お詫び致しますお許しください。

家族揃って厳しい大自然の良しき悪しきの体験を味和い乗り越える力を下さり自然の恵神仏先祖家族天地人様に精一杯の感謝の念をお贈り致します。

文明科学の進歩は速く老い行く月日の流れは留まる事なく時計に乗って一分々々を大切に自分なりに前向きに生きたいものです。

○○家はしっかりと次の世代の家族に委託依頼す。何時か農の時代が巡り廻って来る事を祈願します。
農引退  平成二十一年 秋」

読んでいるうちに、胸が熱くなりました。

青森県田子町、にんにくの産地で「にんにくツーリズム」を始めようとうかがったとき、まち歩きも大事と皆さんでぶらぶら。

地元の地域おこし協力隊の方から「瓢箪に字を書く、素敵なおばあちゃんが居る」と伺い、何人かで訪ねたのでした。

ただの趣味人ではなかったのでした。大きな決意をもって、今は趣味人になっている方でした。

飾られていた、昔の農作業の写真。泥だらけになって馬とともに田に入る。どのくらい冷えて、どれだけ傷ついて、身体を投げ出して米を作ってきたのでしょうか?

「耕して耕して」の言葉を前に、薄っぺらな都会暮らしの私は縮こまるばかりです。

沢山の瓢箪に囲まれて、ニコニコ笑うおばあちゃんはみんなのお母さんのような存在感。こんな風に歳をとれたらと憧れます。

こういう人が、今の平和や経済の繁栄をになってきたんだなあと思うと、その方が願う、「何時か農の時代が巡り」を私たちが叶えなくてはと考えます。

瓢箪や、銘木には、おばあちゃんの宣言だけでなく、決意や、世の中へのメッセージなどが力強い筆で記されています。

「物が溢れて 身も心も貧しくなってきた 社会が崩壊して行くのが おそろしい」

崩壊させずに、安心して引退いただけるように。おばあちゃん、私、頑張りますからね。