いい歌はいい

ゆとりある記

震災後『見上げてごらん夜の星を』『故郷』など、昔のいい歌や唱歌を耳にします。

被災地で歌い涙する人の姿がテレビに映ると、自分も歌いながら泣けます。カラオケは歌いますが、こういう歌を心を込めて歌うことはこれまでありませんでした。

先日お誘いをうけて唱歌のコンサートに行きました。会場は大合唱、心熱くなりました。今こそいい歌を、みんなで歌いたいものです。

東京・葛飾、うかがったコンサートは、「四季を彩る美しい日本の歌」というタイトル。「エンゲルコーア」という名で活動する冨山瑞江さん・福井那美さんの女声二重唱でした。

『早春賦』『茶摘』『蛍』『芭蕉布』『落葉松』『里の秋』『埴生の宿』などなど、きよらかな声と知っている懐かしい歌に、身体が清められていくようでした。

それにしても昔の歌は、今のこんがらかった歌詞のそこらへんのことばかりを歌うちゃちな歌(失礼)と違い、心を感じます。会場は中年女性が主、みんな全員が合唱団になった気分で、聴くというより歌っていました。

さて、そのすばらしい歌の歌詞を見つめると、いろいろ考えさせられます。歌詞をここで全部ご紹介となると、著作権のこともあるかもですが・・。

例えば『夏の思い出』1949年・昭和24年の歌。‘水芭蕉の花が咲いている♪’先日、水芭蕉を見てきたばかりなので、歌とともに情景が浮かびました。‘石楠花色にたそがれる♪’さあ、石楠花にも色がいろいろありますがどんな色なのでしょう。想像が膨らみます。

で、何を考えたかというと、今の若い人が、この水芭蕉を知っているか?石楠花を知っているか?です。花屋さんに売っている花さえ名を知らない、花も活けない人が多いのですから。

そうなると『故郷』1914年・大正3年の歌。ウサギを追いかけたり、小鮒を釣ったりしたことのない、自然を身近に感じることのない都市部の今の人たちは、この歌がわかるのでしょうか?

‘山は青き故郷 水は清き故郷’がイメージできるのでしょうか?まして、‘志をはたしていつの日にか帰らん’という気持は。

『茶摘』、コンサート会場では手拍子までして楽しく歌ってきましたが、家に戻りはたと考えました。

この歌は、私が静岡に住んでいたときに親しんだ曲、テンポのいいうきうきする歌です。コモなどで覆い旨みを出すいわゆる高級な被せ茶ではなく、静岡の日常使いの煎茶が摘まれる風景が歌われたものとか。日本のお茶がどんどん輸出されている頃の、勢いが感じられます。

初夏のまぶしい太陽の下、‘摘めよ摘め摘め~~摘まにゃ日本の茶にならぬ♪’と大張りきり、あかね襷で茶摘をする娘達の様子が伝わってくるのですが、今年は・・。

大事に育て摘んだお茶を、捨てねばならぬ。1912年・明治45年、この歌ができた時、誰が茶葉の放射能汚染を想像したでしょうか。

こんなときこそ、いい歌を歌い、いい心を確かめながら、いい世の中に、と思います。しばらくは『夜霧よ今夜もありがとう』や『涙のキッス』などは控えて、童謡・唱歌を歌いたいな。"