奈良、なら。

ゆとりある記

奈良の語源は、平にするという意味の「ならす」からとか、いや違うとか。ともかくも、奈良という言葉は不思議な力を持っています。それだけで1300年の歴史の重さを感じたり、すごいもの、本物であると期待したり。

だからでしょうか「奈良町」を歩くと、朝顔も昼寝のイヌもセミの声も風も、ただならぬ特別なものに思えます。奈良朝顔、奈良犬、奈良蝉、奈良風、ほら、ね!

近鉄奈良駅から歩いて10分ほどの奈良町(ならまち)、昔の町家が残っていて懐かしい雰囲気のエリアに、ここ数年今風のお店がたくさんできて、ちょっとした散策コースになっているのは皆さんもご存知のこと。私も数回目ですが、一巡りしてきました。

暑い日です、なのにセミは元気です。いつも「ミ~ンミンミンミンミ~ン」という声に慣れている関東者としては、関西の「ジンジンジン、ジージージージー」という鳴き声がつらい。

それだけでそうとう暑苦しい。せっかくの奈良町を着物日傘で歩いているのですが、ジンジンジンで頭がおかしくなりそう。降ってくるセミの声は日傘では防げない。ここで一句「ならまちや路地に染み入るセミの声」。

小さなお寺、真っ黒な犬がゴロリン、お昼寝中。なんとなく哲学しているようなお顔立ち、奈良犬はチラリと私を見て、すぐにまた眠りこけます。

店先の豆、あちこちにぶら下がっている庚申さんの猿が美しい。ふと見るとお婆ちゃんが熱心に祠で拝んでいたり、さすが奈良だなあなんて思ってしまう。


格子のある家を見学しました、座敷に上がると意外に涼しい。中庭には赤い鼻緒の下駄、その奥には離れ、そのむこうには蔵。間口は狭くても奥に長い家の典型。奥の離れから表の方を見ると、格子越しに通りを歩く人の姿がわかります。

すべてを開け放しているので、長い家を風が抜けます。背にしている蔵側の窓から風が入りました。私を通り、中庭の南天の葉を揺らします。

一、二、三、四、五つ数えるくらいの間をおいて、格子に下がった赤い風鈴がりんと鳴りました。風は、汗だくの訪問者にとっては何よりのご馳走。奈良の風には、なんとものびやかな艶がありました。

お茶屋さんがお茶を焙じているようです、こうばしい香りが路地に満ちています。奈良茶?小さな銭湯、まだ開いていませんがなんとなく石鹸の匂いがします、奈良湯?民家の玄関をすっきりと朝顔が飾ります、奈良朝顔?ああ、やっぱりすべてが特別風、奈良はいいなあ。

帰りがけに、本物の奈良にぶつかりました。奈良漬です。これは奈良という名の付く代表選手、ではありますが、そのなかでも究めつけに出会いました。三条通りに面した「今西本店」ここの奈良漬は“純正”なのだそうです。

普通の奈良漬は、添加物に頼りながら即席に作ってしまう。いわばファストフードな奈良漬。ここのは、早くて3年、長くて13年も漬け込んでからお店に並ぶそうです。その間、何度も何度も漬けかえて、味を整えていくとか。「そもそも、賞味期限が1ヶ月なんて奈良漬おかしいですよ」とお店の方に説明されると、深く納得してしまいました。

ごらんください、この純正の色。ほとんど真っ黒なこの物体を初めて口に入れたとき、「これまで食べていた奈良漬はなんだったのか?!」と思いました。

ほかの奈良漬が女子どもの味なら(失礼、この表現は不適切ですが・・)、この純正奈良漬は大人の味です。冷蔵庫や保存料や大量生産などというものが日本にない頃からの味。これには選び抜いた奈良酒?をあわせて、ゆっくりゆったりチビチビやりたい。

今回の奈良訪問で最後にいただいた、奈良と名がついても、ファストとスローがある、という教えでしょう。と考えながらも、純正奈良漬はご飯とパクパクおなかにおさまってしまったのですが。