宿根草  

ちょっとしたこと

 都会の歩道の花は、季節ごとに植え替えられます。業者さんが、まだ花が咲いているのに抜いてゴミ袋に入れ、次の花を植えます。花は消耗品です。先日うかがった北海道東神楽町では、まちなかの花壇に宿根草(しゅっこんそう)を植え、その世話を町民ボランティアがされていました。いつも花盛りでなくていい、そんな美意識を持てば、枯れ姿も美しく感じ、春の芽吹きがうれしいものです。自分が世話をしていればなおさらでしょう。まちづくりの心が宿り、根をはっていると実感しました。

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宿根草と聞いて、??という方もあるでしょう。よく花屋さんで苗を買ってプランターなどに植えると、その季節で終わってしまうものがほとんどです。一年で終わるから一年草。それに比べて、上は枯れても根は残り、翌年また芽を出して花が咲くから宿根草です。昔の田舎のうちでは、「この花、毎年咲くね」と話題に出る宿根草が多かったのではないでしょうか。

それが花も大量生産となり、買って植えると即楽しめる。というファストなものを皆が求めるようになりました。先の都会の街路樹下の花壇などがそうです。花の入れ替えで、次々と今、綺麗なものを、というやり方。もう花がおしまいになった苗など用はないのです。

かつて、ある自治体の首長が、フヨウを植える運動をされました。タネから育ち、葉が茂り、花をたくさんつけ、実のなる姿も美しい。生涯学習のシンボルだと、いうことでした。この時私は、「枯れ姿」の美というものを知りました。

宿根草もそうです、東神楽町へ伺った時の、美しかったのが花の後の種をつけた姿。がかわいい実をつけた姿が、まだ咲く花をひきたてています。ススキのように穂を出して、揺れる姿も秋らしく風情があります。色とりどりの花だけが美しいのではないと、ガーデンが教えてくれるようでした。「地味美しい」世界です。

聞けば、宿根草は管理が容易いものが多いとのことです。水やりがいらない、暑さ寒さに強い、根がはびこって草をまかしてしまうものもあるとか。お金も手間もかからないのです。

ちょうど歩道の脇の花壇に、びっしり葉が短く茂っていました。ノコギリ草の仲間の矮性のもののようです。花はありませんが、短い葉が土を覆い、それなりに美しい。1メートルも積もる雪にも耐えて、春にはまた芽を伸ばし、花を咲かす。小さいけれど頼もしいのです。

こういう花壇作っている、町民の皆さんの知性に頭が下がりました。宿根草に舵を取った、行政も偉い。そう思うと、街の花壇に何が植っているかで、その街の良識が汲み取れるとも言えるでしょう。