日にち薬

ちょっとしたこと

私の姉が亡くなって、1年経ちました。娘を先に亡くした100歳の母親を訪ね、「お姉ちゃんは美人だったよね」「全く、可哀そうだったよね」などと、ぽつりぽつりと思い出話です。ようやく落ち着いて話ができます。“ママ”に先立たれた、姉の一家もそれなりに落ち着きを取り戻したようです。時間や日にちが悲しみを癒し、次なる力も与えてくれる。なるほどなあ、と思いました。

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3つ年上の姉がすい臓がんとなり、いろいろな治療も空しく、昨年の11月に亡くなりました。
本人は悲しかったでしょう、悔しかったでしょう、辛かったでしょう。そして、酸素吸入しながらも、同居している母のことを心配していました。「自分が居なくなったら母の面倒は誰が・・・」と心残りだったはずです。

姉が逝ってから、母は家事をなんとかできる範囲で頑張ってきましたが、足の骨にひびが入り、
痛みのために入院、治療はしたものの寝たきりで歩けなくなり、そのまま老人ホームに入りました。もちろんオムツ暮らしです。

娘を亡くした悲しみよりも、毎日の家事をどうやるかに追われ、入院し不安のなかを治療に追われ、そのまま高齢者施設に入りと忙しい一年でした。施設入所当初は緊張の連続だったのが3カ月も経つと、スタッフの名も覚え、だんだん自分の居場所と思えるようになって来たようです。身体は起こせないものの、手は多少動くようになった。

そうなると、以前抱えていた姉の死に対する悲しみや、自分が施設で一人で、歩けなくなったことへの悲しみもだんだん癒えてくる。姉のことも言葉に出して話すようになる。時間が日にちが、諦めや次への意欲を育ててくれる、そんなことなのでしょう。

18歳で家出をした私です。母と暮らした記憶は遠い昔。でも今や、娘は私だけですので、老人ホームに毎週顔を出すことにしました。友人のすすめもあり、最初は母がかわいそうで、だったのですが、今は自分のためだと思ってます。

毎週、母通いの日は、パソコンから離れられる。仕事やボランティアから離れる時間になります。たわいもない話をしたり、花を生けたり、おやつや食事を差し入れたり、一緒に食べたり。そんなトロ~ンとした時間が、なんともいいのです。数か月間、毎週通ってそんなことに気づきました。これも時間や日にちが教えてくれた、私への薬なのでしょう。

瀬戸内寂聴さんの本、『寂聴九十七歳の遺言』(朝日新聞出版)に「日にち薬」についての一文があります。“一日一日と過ぎていく毎日、その経過がお薬になる。いつの間にか「時」が薬になって、心の痛みを少しずつやわらげてくれるのです” と。

私については拡大解釈かも知れませんが、母にとっては「日にち薬」で姉の一周忌を受け入れたように見えました。

姉が亡くなる前、近くの神社の酉の市で、「きりざんしょ」というお菓子を買って届けました。たこ焼きも美味しかったよと写真を見せると「いいなあ~」と言ってましたっけ。

同じ酉の市が今年も行われました。「おっきな熊手だねえ」と姉も一緒に見物したことでしょう。