「最後の湯田マタギ」写真展を見て

ちょっとしたこと

豪雪地帯、岩手県西和賀郡湯田町で熊を獲るマタギたち。その狩猟と暮らしを撮った黒田勝雄さんの写真展を見ました。撮影は40年前、けれどもいま眠りから覚めたような新鮮さです。マタギの姿は貴重ですが、当時の日常の写真が心に染みます。山菜取り、餅作り、水垢離行事、雪晴れの洗濯。この頃の北の人たちは自然と共に生き、こんなに素朴で強かったのかと思いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

開催しているのは、東中野の有名な「ポレポレ坐」の7階。コロナ禍なのでおそるおそるですが、うかがいました。

混んでいると嫌だなあ~と思って訪れると、ここのギャラリーは解放感満点!あたたかな日でもあったせいか、ベランダのガラス戸は開け放たれ、春のような風が通り抜けます。何人かいらした先客も帰られて、ゆったりと拝見することができました。

黒田さんは夫の知人、同じ写真家仲間です。前もって写真集で予習をしたところによると、縁あってマタギの暮らしをとり始めたのは1977年からのこと。そして、97年まで20年間、お勤めをしながら時間を作っては湯田に通い、撮影をされてきました。何百本ものフィルムを整理して、今回の写真展になったそうです。

40年以上経ったネガもあり、その保存の良さと、それがよくもいまこうしてデジタルに置き換えて伸ばすことができた!ということに夫などは感心し、黒田さんとその話に終始しますが、私は写っているいるものやことが面白くて面白くて・・・。

黒田さんが撮り続けたのは「オシカリ」と呼ばれるマタギの頭の家。その方を中心に、マタギの集団があり、いざというときには猟に出ます。ライフルをピカピカに磨き、身支度をし、気合を入れる一杯をして山へ。猟に出るのは冬眠明けの熊が民家近くをうろつきだす春先。

熊をシシと呼ぶこの男たちが、狩りの相談を山中でしている写真が何ともいい。細い流れには、フキノトウが育ち、山わさびが生え、水が清冽なことがうかがえます。ここで水の補給もしたのでしょう、男たちはそれぞれの役割をやり通す緊張感を湛えています。山を走り回り、遠巻きにして熊を追い立てる「勢子(セコ)」、待ち構えてズドーンと撃つ「待人(マット)」。

黒田さんは3回の狩りに同行し、勢子に夢中でついていったそうです。道なき山を走り抜けるだけでも大変だったでしょう。また、山中で3時間以上一人で待っていたこともあるとか。そして一回だけ熊が獲れたそうです。そしてその巨体ををさばき、均等に肉を分ける。猟の参加者に、上も下もない。それがマタギの世界でした。

熊の毛皮を広げるマタギの母ちゃん、そして普段の暮らしぶりも撮られています。夏の朝、お盆の祭りのやぐらを背景に、ラジオ体操をする子たち。黒い仔牛を散歩させる少年。冬、薪を抱えて集まる母ちゃんたち。雪道を臼を転がし鍋を持ちこれから餅つきが始まるのでしょうか、なんだか楽しそう。かぎ針で編んだショールを被り雪の中を歩く女性たちは雪に埋もれそうです。湯気の中小豆を混ぜた餅を丸める写真からは、にぎやかな会話と小豆の香りがしてきます。厳しい自然の中で、こうした行事の晴れの日はどんなに楽しかったでしょうか。

男たちの褌姿の水垢離も。12人の男性が、雪の中でせき止められた川に入り、輪になって身を浄めています。何か叫んでいるようにもみえます。男性たちの骨格や筋肉が、今の男たちと全く違う。きっと今の男子たちは、褌になることすらできないでしょうね。

雪の中でバスを待つ間、負ぶい半纏を着込み赤ちゃんを背負った女性が二人、顔を寄せ合って小銭を数えている。なんだかほほえましい。雪こそありませんが、こんな風景は私の故郷にもありました。そして、私が一番好きな写真は雪晴れの日の洗濯物干し、真っ白な雪に干された服の色がとても鮮やかに輝いている。写真はモノクロですが、その色彩が伝わってきます。ほっぺがしもやけのような子が、寝ぐせの髪で母を追います。

山から山菜や肉をもらい、自分で味噌を仕込み、晴れの日には餅を搗く。何から何まで自分たちでやる。自然を征服するような人たちではない、自然の中で一緒に生きる、実にあったかな人たちであることが分かります。40年前にはこういう人たちがいた、別にマタギでなくとも、北には、田舎には、都会にもきっとこういう人たちがいたに違いない。なのに、「最後の」という言葉に、悲しさがあります。

そう思うと、コロナ感染者数に毎日振り回される、自分たちが情けなくなりました。お尻に狸の毛皮をぶら下げ、山中で一人熊を待つ、マタギのオシカリ。その姿は、そこに生える樹と同じたたずまいにみえます。そういう生き方を、私たちはどこに捨ててきたのでしょうか。

写真展は終わっても、写真集を眺めて、これからの自分の栄養にしていきたいと思いました。

■黒田勝男写真展「最後の湯田マタギ」

1月24日まで。11時~19時

東京都中野区東中野4-4-1ポレポレ坐ビル7階「ありかHole」で。入場無料。

■写真集「最後の湯田マタギ」藤原書店 2800円