なれ寿司30年もの

ゆとりある記

和歌山県新宮市で、30年前の「サンマのなれ寿司」をいただきました。熟成しきった寿司には形がありません。どろりとしたお粥状のものが、お猪口に少量出てきました。

恐る恐る、食べるというより舐めると、ほんの少しで口中に濃い旨みと品の良い酸味が広がりました。

おいしい!怖がったことを反省です。お猪口の底まで舐めつくし、究極の発酵食品に最敬礼でした。
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初めて降りた新宮駅、なんとなく南国ムードのあるのんきな駅前です。観光協会の女性たちがとても親切で、いろいろ詳しく教えてくれました。地元の人もなんとなくやってきてよいしょ、と腰かけている。これまたのんきな感じでたまりません。

ここからすぐのところに徐福公園があるとのことなのでのぞきました。その昔、中国から徐福が不老長寿の薬を求めて、流れ着いたというのが新宮の海。

徐福伝説の残る街には、駅からすぐのところに突然中国風の門があります。熊野古道、本宮、新宮なんて世界とは違う趣ですが、なかは緑多くなんとなく神々しい空間でした。

はるか昔の伝説に触れて、気持ちがスローになったところで、噂の30年ものを求めて歩きます。先ほどの観光協会でいただいた地図が頼り、10分くらいぶらぶらいくと目指す「東宝茶屋」を発見。

30年も経ったなれ寿司を出すところがあるのを知ったのは、つい最近5月末に紀の川市での会議の席でのこと。

その時は、「えええええ?いやだ~」なんて絶対食べないような顔をしていましたが、その後、日を追うごとに私の発酵食品好きの舌がうずいていたのです。

そこに新宮方面出張の機会、これはもう何としても試すしかありません。鰻屋さん?魚料理屋さん?なのでありまして、そこにもう一つの顔である「本なれ寿司」のメニューがあるわけです。地元では、もともと「なれ寿司」を作る習慣があるので、わざわざお店で食べるのは観光客なのでしょう。

と、思ったら、ここのご主人・松原郁生さん(61歳)いわく「最近は地元でも作らなくなった」とのこと。ご存知のように、「なれ寿司」は魚を塩漬けにして、その後その魚を柔らかいごはんとあわせて漬けこみ、1か月ぐらいしてから食べるというものです。

昔はこの辺ではアユで作ることが多かったそうです。今はサンマがメイン、その一カ月物と、お目当ての30年をいただきました。

もともと30年前のものをわざわざ作っていたのではなく、たくさん作って余ったものをもったいないからと捨てずにいたらこれが食べられるし、おいしかった、という偶然の作品だそうです。

「爺さんが、酒のあてに舐めていたのを、常連に出したら旨いということになって」、今のようにわざわざ足を運ぶお客が来るようになった、というわけでした。

魚は多少取り除いたり、常に混ぜて空気を入れたり、温度管理など、お世話には手がかかるそうです。貴重なので、そんなにたくさんは出てきません、というよりそんなにたくさんパクパク食べるものではなく、塩からのようにつまみ舐めるものでした。

強烈に匂うかと思ったら、全く匂いはなし。発酵しきって、枯れているという風情です。どろりとヨーグルト化したお粥のよう、これにお醤油と一味唐辛子をかけていただきます。

どちらかというと新しい方、といっても1か月経つ、本なれ寿司ですが、そちらを先の方がいいというアドバイスがあり、まずサンマの形がある方を。これは普通においしい。もともと私は鮒寿司や蕪寿司など大好きなのです。

そして、30年へ。箸ですくい、口へ。まず醤油の味、本体にはあまり塩気はありません、そして酸っぱい、これは糠漬けの古漬けの酸っぱさと似ています、そのあとに旨み。鮒寿司ほど生臭くなく、旨みは上品でいながら強い。日本酒だ~~~~~~。

この後、宴会がべつにあるのでここでこらえましたが、30年物で熱燗をちびりちびりやったらこれは大人の極楽でしょう。

乳酸菌の塊ですから、食べ終わる頃には少し体がポッポとしてきます。入院中の人がわざわざ食べにくる、というのがわかります。毎日食べたら、お肌つやつや、身体ぴちぴちになることでしょう。

ちなみに、1か月のなれ寿司は取り寄せできます。このお店は、年間通して作っているのが貴重なところです。30年物は壺に入れて送ってくださるとか。安くはありませんが、時間と手間と、さらに健康のためと思えば・・・。

地元の普通のお宅であまり作らなくなったのなら、「なれ寿司」はこうしたお店にちゃんと守っていただかなくては。技術もお世話も大変でしょう。伝統技術、職人として、または無形文化財として、保護し応援しなくては。日本の発酵文化は今後ますます世界に自慢するようになってきます。

新宮市さん、盛り立ててくださいよ。わざわざ口を運びたくなる“食”があることは地域の強みです。(お土産に持ちかえった1カ月物、いまだ酸っぱく元気です)