ビスカリア

ちょっとしたこと

この時期咲くピンク色のふわっとした草花、この花が大好きです。茎が弱くて姿が乱れがち、それだけに風情があります。

“気をつけ”で整列しているような生花店の花よりも、あっちこっちに暴れている花の方が活けがいもあるというもの。

姉が毎年種を蒔き、その苗を分けてもらい私も育てる。花好きの両親から受け継いだ、花好き姉妹の花作業。「今年も満開よ」と電話しなくちゃ。

写真がビスカリア。細い茎がポキポキ折れているような姿は、なんとも弱弱しく見えますがこれが強い。

毎年お正月にびっしり生えた苗を実家からシャベルですくってきて、少しずつ塊でプランターに植えているだけ。真冬の植え替えなんのその!実に元気に強くすくすく育ちます。

花は一見、桜のような。ピンクはだんだん色がぬけ、しぼむ頃には独特のサーモンピンクになります。このしぼむ頃の色が好きで、見とれてしまいます。

私が花好きになったのはいつの頃からでしょう。記憶があるのは幼稚園ごろからでしょうか、父について花の世話をしているうちに、それが最高の楽しい遊びの時間にもなりました。

サラリーマンだった父は、日曜日には小さな畑でジャガイモや枝豆を作り、花の世話。バラだらけだった庭は、今はやりのガーデニングとは全く違うただの乱植の庭でしたが、そのバラは母が婦人会でやり方を覚えた接木で増やしたりしたものでした。

この時期は、小学校にバラの花を抱えて登校するのが常。「智子、こんないい花が咲いたよ」と母が呼ぶと、人の顔ほどのピースという種類のバラの花。それを惜しげもなくパチリと
切って母が包んでくれます。

「大好きな先生に渡すんだ」と、電車通学の間、花がつぶれないようにバラを抱きかかえて守った時間。私の顔がピースの花の中に埋まり、身体の隅々まで香りが染み渡ったものです。

夏が近づくと、父は庭のあちこちに生えた松葉ボタンの苗を集め、飛び石の周りに植えました。花盛りの頃は、花の中を飛んで行けるように。

百日草やホウセンカ、サルビアなどは夏の花の定番。大きなカンナやヒマワリもあったけ。今でも昔の庭の、どこに何の花があったか正確に覚えています。

秋は小菊、家の裏にまで咲く様々な菊は、それこそ暴れ姿。土の上に這うようにして咲いていたり、土までかぶっていたり。

花も日当たりのものは大きくて、日陰では小さくて。そんな小菊をいろいろ摘んで、仏壇をはじめ家じゅうに活けていた母の仕事を、今は姉がやっています。

父は亡くなりましたが、母は90歳を間近にまだまだ元気。「バラがきれいなうちに、来なさいよ」と言われているのに、もう5月が終わろうとしています。

私も姉も、両親から花のある暮らしを教えてもらい、どんなに人生が豊かになっていることか。出かければ他所の家の花が気になる。旅にでれば、その土地の花が目に入る。家にあれば、何かしらの花を活ける。

実家の花を世話する姉の腕前たるやアッパレで、休日は庭師のごとく動き回わり、芝生の草と格闘し、玄関までに並ぶ鉢植えの位置をデリケートに調整し。

また来年も、ビスカリアの苗をもらいましょう。そして、咲いた花を、家じゅうに、事務所にも活けましょう。摘み取って、知人に分けましょう。普段あまり話をしない、姉とこの花で繋がっている感じがするから。

お金がなくとも、庭がなくとも、道端の草の花だけで楽しい気持ちになることができる。花姉妹に育ててくれた、両親に感謝です。