売木村のなっちゃん

ゆとりある記

総務省の制度「地域おこし協力隊」として、過疎地などに若者が入っています。長野県売木(うるぎ)村の能見奈津子さん(28歳)もその一人。

3・11を東京で経験、都会も自分も弱いと思ったそうです。「いつか田舎で暮らしたいと考えていましたが、その“いつか”は、今なんじゃ」と思って協力隊に。

「今度、私、饅頭屋をやるんです」なんだかとってもうれしそうに、笑っていました。

売木はいまでこそ、上質の「うるぎ米」の産地ですが、昔は木を年貢米代わりに納めていたそうです。

「くれ木」といって規格に沿った建築用材・屋根材はお金の換わりになっていた。そこからこの名前があるらしい、とのことです。

その売木は、なっちゃんが世話をしている村のホームページによると「峠に囲まれた小さな山里」と紹介されています。

飯田市から1時間、確かに峠をこえてやってくると、標高800メートルをこす高地にありながら意外に平らな里の風景が広がっていました。

かわいい役場に入ると、618人の人口がしめされています。去年の6月に、その村民の一人となったなっちゃんが「遠くまでありがとうございます」と出迎えたくれました。

なっちゃんと初めて会ったのは、南信州対象の「地域観光」を考えるワークショップ研修でです。観光のプロのおじさんたちと一緒に、妙に明るく研修を受けてくれている女子がいるなあ~と気になっていました。

そのなっちゃんと売木村の訪問を実現してくれたのは、飯田市観光課の小林美智子さん。美智子さん、奈津さんと呼び合う間柄、そこに今回、私も混ぜていただきました。

なっちゃんが「ありがとう」というお店に連れて行ってくれました。「ここの豚バラ肉の醤油麹炒め、おいしいですよ。フェイスブックで名前を募集して“豚バラバンバン”て名前になったんです」

それを出してくれる、「ありがとう」のお母さん、娘さんとは、なっちゃんの家族のような雰囲気。この店は「村の人たちがみんなでなんだかんだ世話をして建ててくれた」と娘さん。

だから本当にありがたくって店名を「ありがとう」に。この村はとにかく人の世話をする、そんな風土があるのだそうです。

「みんなあったかい人ばかりで、お世話になりっぱなしで。村が一つの家族みたいなんです」となっちゃん。だから淋しくない、笑顔で居られるのでしょう。

なっちゃんがかわいい絵を見せてくれました。絵ではないかも、店舗デザインといいましょうか。「たかきび」の文字があります。

作っていた女性たちが高齢になったため、10年前に消えてしまったこの村の名物「たかきび饅頭」。米粉とたかきびの皮で餡を包んだお饅頭、それを今年のゴールデンウィークに復活する、なっちゃんが中心に再興するのだとか。

村の温泉「こまどりの湯」の横にある売店の一角が店になる予定。また、今、村の人たちがみんなでなんだかんだ世話をして、材木が運ばれたり、木の皮が届いたり・・・。饅頭の試作が何度かされるのにあわせて、お店もできてしまうのでしょう。

「私、畑も借りました。たかきびをこれから作るの」となっちゃん。弱かった自分?なんて、どこかに飛んでいってしまいましたね。売木村の人々も、なっちゃんの登場でホームページやフェイスブックや饅頭復活など、新しい風を感じていることでしょう。

都市部の若者と過疎の村、お互いの得意技を出し合って、より良い方向に進んでいければ幸せというもの。私も若ければ「地域おこし協力隊」に応募したいくらいです。

今日もあの、春の遅い山の村で、なっちゃんと村の人がのどかに暮らしている。「たかきび饅頭」を試作している、お店の看板を塗っている、なんて思うと、私の心にも春風が吹いてきます。