山塩を食す

ゆとりある記

塩は海から採れるかと思ったら、山塩というのがありました。長野県大鹿村、標高750メートル、ここの鹿塩(かしお)温泉には塩水が湧きます。

これを煮詰めていくとキラキラ輝く真っ白い結晶が・・。とことん温まる塩水のお風呂に入り、地名にある‘鹿’の料理や、手作り豆腐をこの山塩でいただく。塩の恵みに感謝する、味わい深い秘湯の時間でした。

飯田市での会議の折、「うちの温泉、塩が採れるんです」という人に会いました。平瀬定雄さん(44歳)、大鹿村鹿塩温泉・湯元 山塩館の主です。飯田から車で1時間、山の中のお宿にうかがうと、フロントにすでに山塩が、‘ウェルカム塩’です。

熊やニホンカモシカの毛皮が敷かれているロビー、「日本秘湯を守る会」会員らしい風情の宿。平瀬さんには大鹿村中をご案内いただいたのですが、今回は山塩にこだわって書きましょう。

お宿の裏に、その塩水の出る場所がありました。海水ほどのしょっぱさ。その昔、この水を鹿が好んで飲むことから、貴重な塩を含んだ水の発見になったとのこと。鹿塩温泉の名の由来でもあります。

この塩水を、スイス製の大釜で間伐材を焚き、煮詰める。するとやがて三角錐のような形の塩の結晶が現れるのだそうです。

この作業は、このお宿の大旦那さまの役目とのこと。「今日はその‘塩爺’が留守なんですが」と笑いながら平瀬さん。煮詰めた濃い塩水には、すくい上げるともうかなりの塩がたまっています。

「寒い時期はこうして氷を作って捨てると、どんどん塩水が濃くなるんです。真水だけが凍るから」この寒い地域ならではの製塩の知恵ですね。

弘法大師がこの地を訪れたとき、山地での塩のない生活を哀れみ、杖で地面を突いたところこの塩水が湧き出したという話も伝わります。

その山中の貴重な山塩は、いまや健康とグルメのために利用されています。塩水を沸かしたお風呂は、なんとも身体の芯までが温まります。その後のお料理は、山塩を上手に活かしたものでした。


平瀬さんたち大鹿村の宿の主たちは、早くからジビエ料理に取り組んでいます。この宿の自慢料理「鹿のロティ」には、山塩が。やわらかい鹿肉と山塩が合います。宿の玄関で舐めた味と、違うおいしさ。山塩は何かの素材と合わさって、抜群の旨み塩となるのでした。

朝ご飯には、地大豆を使ったお豆腐と山塩。しっかりしたズシリと重い濃い豆腐の旨さを、塩が後押ししています。

山村の味の脇役というよりは、もう一つの主役のような山塩の存在でした。

平瀬さんは実は東京出身、奥様の恭子さんがこの宿の娘さんで、結婚して大鹿村の住人になりました。

都会の暮らしに慣れていた人が、山奥の暮らしになじみ、山塩の貴重さに開眼し、村おこしでジビエ料理を研究し、村歌舞伎を愛し、宿を守りながら、3人の子供達を育ててきた。

その間には、いろいろな葛藤があったことでしょう。でも、よそ者の視点があったから山塩の良さや大鹿村の暮らしの大切さもわかったと語ります。

平瀬さんが鳥の写真を見せてくれているその隣で、恭子さんは「早朝から鳥を撮りに出かけちゃうんでよ」とやわらかく笑います。

彼女も温泉療養指導やノルディックウォーキング指導などの資格を持つ勉強家。思いがけず山奥で、地域資源を守り育て、熱く村おこしについて語るご夫婦に出会い、うれしくなりました。

交通の便の悪い、山奥、秘湯、そんな場所に、観光の最先端を見たような気がします。

山塩館なのに、仲の良い、甘い2人に見送られ、初めての山塩体験を終えたのでした。