回転寿司べえべえ

お仕事で

まちおこしで、特別の人が特別に何かをやるのは簡単なこと。それより普通のところであたりまえに新しい動きが起きて、初めてその運動が市民権を得た、と私は思います。

新潟県胎内市での米粉のまちおこし、ついにごく普通に、回転寿司でも米粉メニューが登場しました。米粉製のクレープ状のもので具を巻いて食べる新しい食べ方“べえべえ”。「べえべえのマグロ~!」なんて声が飛びます。

胎内市の「米粉のまちおこし」についてはもう何度もブログに書きました。何回も胎内へうかがい、市民の方々とわいわい米粉料理を食べ、話を繰り返し、私の身体はほとんど米粉でできているくらいになっております。

この2年間に少しずつ、胎内は米粉のまちになりつつあります。JR中条駅に降りると、カウンターに「米粉ぐるめ食べ歩きMAP」があり、試食用の米粉が置かれ、「米粉レシピ」がいろいろ。

「米粉発祥の地、胎内」というコピーも馴染んできました。真っ白な雪に覆われた田んぼは、まるで米粉が降り積もっているようにも見えます。

市民の会議が発案した「べえべえ」という新しい米粉食。実際にメニューに出す「米粉かふぇ」がオープンし、20箇所を超えるお店で米粉のメニューができました。主食、おつまみ、お菓子も。

先日の今年度最後のミーティング、今年はこれでおしまい、と思っていたら、まだまだ米粉料理の試作が出てきました。
新年度になったらまたぼちぼち・・・なんて思っていたのは私だけ?!ラザニアやら、シュークリームやら。みんなすごいな~。

さらに、4月4日(米粉の日)には、米粉をもっと知るために、活動の一環として米作りの現場に足を運ぶスクール企画も出てきました。話はどんどん進みそうです。

行政の担当課は胎内市商工観光課、私が“米粉地蔵”(失礼)と呼ばせていただいている課長さんがいつも、感動的な話をしてくださいます。

「減反で米を作れないお年寄りが、米粉用の米なら自分の田んぼで作れる。(制度的に)それなら、田んぼもできるし日本の風景も守れる、農業の行く末も見える。米粉にはそんな想いがこめられている。

このまちに米粉の工場ができた時、少し高いけれど輸入の小麦じゃなくて、地元の米で作った、米粉で作った米粉パンを子供に食べさせようと提案した、お母さんたちが動いた。お年寄も喜んで、米粉のための米を作った。

そんなことからスタートし、いまや、日本で最も細かい米粉を生産する工場が、最もたくさん米粉を作る、米粉のまちになった。

小麦の代用品じゃなく、米粉は独自の食品・素材・文化だ。もっと知り、もっと使おう。米粉市民になろう」こんな話をいつもニコニコ熱く語るのです。

この方の熱さに動かされて、私もここまで胎内の米粉のまちづくりにのめり込んだのかもしれません。課長を筆頭にみんな米粉に夢中、米粉課ができてもいいくらい。市民も熱いなら、行政も熱い胎内市です。

いろいろな「米粉スクール」をやりたいな、「米粉ツーリズム」は東京からお客様も来るね。またみんなでアイディアを出してわいわいしましょうね。

などなど考えながら、石臼で米を挽く経験をしてみました。
「こめこひくんだよ~♪あ~よいしょ いしうすまわすよ~♪あ~よいしょ」なんて『米粉石臼挽き歌』(野口作)を即席で歌うものの、米はそんなに簡単に粉になりません。

思ったよりも硬い、硬い。石臼は重い、重い。昔の人が少しずつ米を粉にして、大事に使ったのが分りました。

今日も胎内市の、庶民の味方、回転寿司屋さんでは「べえべえのエビ2丁~!」なんて声が響き、カタカタとあのベルトコンベアの上をあたりまえの顔をして、米粉で巻いたエビやマグロが皿に乗って動いているはずです。"