日光じゃあ~。

ゆとりある記

富山県高岡市「スローライフ逸品研究会」で、先日の「スローライフ・フォーラムin日光」に参加した3人が報告をしました。「雪道を9時間運転して宇都宮で仮眠して、ようやく日光市栗山の分科会にたどり着いた」に始まり、「まあ日光じゃあ、いい話を聞いたわ、おもしろい人がいた」「日光じゃあ、すごいご馳走だった」とか・・。高岡の夜に、つきない日光話なのでした。

私が高岡に行ったのが2月23日、日光のフォーラムは少し前の10・11・12日のことです。日光市栗山の分科会が始まろうとしていた時、私が地元の「ばんだい餅」に注目していると、後ろに赤いジャンバー姿の3人が。

高岡からの3人組は「おもてなし富山県」の名が入ったお揃いのジャンパー姿、目立つ目立つ。今回高岡に行って知った、そこまでの苦労をしてやって来てくれたとは思わなかったので、いつものような挨拶で、今思えば失礼しました。


分科会は、栗山地域で伝わる「まつり」や「食」を活かすことがテーマでした。若衆が伝承する「獅子舞」を、続けていくには?高岡からやってきた上田さんは「高岡では『獅子舞祭り』を商店街がやって、なくならないように努力しています」と発表しました。

分科会後の「夜なべ談義」は、野門という地区にある民宿「大野屋」が会場。ここでは6つの大きな囲炉裏を、50人くらいが囲んで交流しました。今でも猟師が鹿や熊などを獲ってはみんなで食べる縄文風の肉食文化が残る土地、囲炉裏には川魚、さまざまな肉が串刺しで並びます。普通の宴会料理やイタリア料理のディナーなどに慣れている都市部の人たちには、ここの料理には感激でした。

ふと遠くを見ると、高岡組の筏井さんが、分科会でコーディネーターをされた朝日新聞論説副主幹の坪井さんと話し込んでいます。二人とも日本酒派、お酌と会話が盛り上がっているようです。

近くでは、唐木さんが、栃木県庁の人、日光市の人、宇都宮から個人参加の人、那須町の人と会話中。お酒の入った青竹がいったり来たり、名物のサンショウウオにもかぶりついています。

みんなが食べて、飲んで、話して、としていくうちに、やがて次々とマイクを持ちます。自己紹介やこれからのまちづくりについて、今日の分科会の感想など。スピーチが終わると、今マイクを持った人の周りにはまた新しい人の輪ができます。

おや、高岡組みも赤いジャンパーでマイクを持ちました。富山県に行ったことがない、高岡市も知らない人たちに何をアピールするのか。高岡のことをいろいろ話した最後には、「今年の秋には、今回の日光と同じようにフォーラムをやりたく思っています。皆さん来てください!」で〆。おお、言ったね。よし、やろうじゃないか、皆さん行こうじゃないか、今度は高岡ですよ――。

で、さて、冒頭の日光の話の尽きない高岡の夜での話。「日光じゃあよ~、ジュウネンて甘い味噌をばんだい餅って餅につけて食べたわ~」「十年?」「日光じゃあよ~、サンショウウオを食うんよ」「グエ~」「いや~、旨かったよ」「普通にみんな食うんヶ?」「いや~、あの栗山ってトコだけらしいわ~」「日光じゃあ、元服式もずっとやってて」「元服式やるんヶ?」「あそこだけだ~、珍しいわ~」などという、多少あやふやな話が、研究会後の一杯会でも続きます。

「日光じゃあ、いろんな人と知り合ったわ~。新潟の村井さんもおもしろいわ~」「日光じゃあ、静岡県掛川の長谷川さんがずっと司会したわ。わい、あのお姉さんいいわ~」だんだん話はそんな感じになってきます。それでも「全体会の話は濃いわ~、さすがやわ~」「日本の頭脳って感じの人たちだったわ~」なんて話も出ます。

いずれにしても、日光のフォーラムに参加した方々が各地で、このように「日光じゃあ~」って話をしているのかと思うと、こちらはなんとなくうれしくなりました。

多少、武勇伝的な「日光じゃあ~」の話を聞いているうちに、皆、だんだんそれじゃあ「高岡じゃあ」どうしようか、の話が膨らんでいきます。さあ、「高岡じゃあ」をいっしょに考えましょう。

高岡の「スローライフ逸品研究会」が皆でワイワイと勉強を兼ねてやってきた「たかおか屋」は、その使命を果たしこの2月一杯で閉店しました。写真は2月24日朝の「たかおか屋」、いろいろ学ばせてもらいました。ありがとう、ご苦労様。"