瑞龍寺のこれな~に?

ゆとりある記

富山県高岡市の瑞龍寺(ずいりゅうじ)曹洞宗の名刹、国宝。ここに石造りの立派な「生飯台」というものがありました。なんて読むの?なにに使うの??ガイドさんに教えてもらいます。

「さばだい、小鳥などに餌をやる台なんです」魚のサバを思い出す、私の無知かげんがお恥ずかしいかぎり。他にもさまざま学ばせていただきました。

瑞龍寺は高岡の町のもとを創った前田利長の菩提寺です。没後20年かけて1663年に完成したとか。シンプルな美しいお寺、高岡の名所として第一番に挙がります。最近は日本海側を旅する外国人観光客にも人気があります。

ここをご案内いただきました。自分では気づかないことを、ガイドさんと一緒だといろいろ学べます。「仏殿の屋根は鉛です。47トンあります」「おお、瓦かと思った」

「この石段は大きな石をこのように彫って組んであるんです」「まあ」「こちらも1本の木からできてます。木目でわかりますね」「ホントだ」「生飯台、さあ、これは読めますか?」というわけで、冒頭の話になります。

戻ってから調べると、「生飯」(さば)とは、“鬼神・餓鬼・ 衆生のために、食前に少量の飯を取り分けて、野外や屋根の上などに置くこと。また、 その飯。”とあります。

少ない食事で修業しているお坊さんたちが、そのなかからさらに7粒ほどのご飯を食事の前にとりわけて、鳥などにやる習わしだそうです。

昔はこの台に、たくさんのご飯が小鳥のために盛られたのでしょう。今の瑞龍寺の生飯台には水がたまり、小鳥達の水浴び場のようでした。

土間の回廊、ここの窓枠にも「これは、なんでしょう?」がありました。「水抜きの穴!」「正解!」外から吹き込む雨水がたまらないような工夫です。これを見て、高岡の産業のひとつアルミサッシ製造で水抜きの工夫が出来上がったとか。

「ここは?」「近くにカマドもあるし、ここに被災時は非難できますね」「昔はここでお坊さんが修業しました。一人一畳を使って寝起きし、ご飯を食べて。口をきかずに」「へえ~びっくり」

瑞龍寺の縁の下は空気が通る工夫があります。土間で冷やされた風が涼しい涼しい。昔はたくさんの僧が修業したこの寺で、私は常識修業をたくさんさせていただきました。