おいしい風景

お仕事で

鳥羽市宿泊産業活性化ワークショップ、テーマは「食」。離島の人が集まった席、「漁師の女房です」と自己紹介する若い女性から「毎朝2時、夫の船が見えなくなるまで港で見送ります」という話を聞きました。

私はその風景を想像し、そうして獲ってくる魚を、この若い漁師夫婦の住む島で食べたくなりました。“おいしい”は皿の上だけではないと思います。

観光地では「食」に対しての感覚が、敏感なようで実は鈍感だと私は思います。品数や量、豪華さや料理法にこだわりすぎて、食、味、といってもテーブルの上ばかり見ている。

だから、食を感じる風景、おいしさに繋がる土地の暮らしなどは、「は?」という感じ。皿の上に乗らないおいしさは考えてもいないようです。

でも、観光客は豪華な料理などはお金を出せば何時でも食べられるわけで、違う環境で、その土地の風土と、暮らし、知識、とともに丸ごとを味わいたい、食したいという欲求が高まっています。

逆に言えば、皿の上だけではもはや“おいしい”とは感じないのです。このことに、観光地、宿泊産業の人は気づいていないと思います。

朝、朝日の中を漁から戻る船が行く。港へ行けば、おじさん達が網から伊勢えびをはずしている。どこかの犬が魚をくわえてスタコラ歩いている。牡蠣イカダが青い海に浮かんでる。どれもがおいしさに繋がる風景です。

さらに、そこに生きる地元の人に触れれば、なおさらのこと。海女さんには海女さんの人生観があり、民宿のオヤジさんにはそれぞれの考えがある。話し出すと尊い哲学があります。

また「煮魚は骨だけになったらそこに熱いお茶をかけてすすればウマイ。こうすると医者にかかることはないといわれてきた」「ケガをしたときなどはアワビ、子どもを産んだときもアワビをスープにして食べるといい」など、土地にはそれぞれの食の話が伝わるもの。そんな話をうかがいながら食せば、こねくり回したようなフランス料理などよりもずっと味は深まるものです。

ワークショップの中で、「鳥羽ではいい海苔が採れるのに、何で宿の朝食が市販の味付け海苔なんだろう?」という話題が出ました。

海苔一つでも、海苔の育つその海を見て、冷たい海水に凍えながら採らせてもらって、1枚の海苔にすいて、島の風とお日様で乾かして、までを体験し、海苔にはこんな歴史がある、こう炙る、こう食べる、まで学んだら・・。そうして終に最後に食べる海苔は立派なメイン料理になりうるはずです。

ワカメもヒジキもそう。煮物は食べるけれども、そもそもその全身のお姿など見たことがない。浜でワカメをずるずる引きずって歩くおばあちゃんの姿。道を占領してびっしりと干されているヒジキ。

そんな風景を見ながら土地の漁師さん、海女さんなどに料理の仕方などを教わったら、今の観光客はツイッターやブログ、クチコミで自慢話をしまくります。これが、いきなりお皿の上の料理だけでは、そこまで感動はしないはずです。

でも地元の人は「そんなもので喜ぶ??」と不思議がり、いつまでも旅館料理の形、皿の上だけにこだわっている。まあ、観光客が全員そうということもなく、品数・豪華をいまだに追うお客様と、風景や土地の暮らしまでもおいしいと感動するお客様と、混在してはいますが。

ただどちらを選ぶのか、その土地その宿がどちらをこれから大切にしていくかは、はっきりさせないとならない時期です。

冒頭の漁師の女房の話に戻りますと・・。彼女は大阪の人。行政主催のいわゆる「出会いのイベント」で、鳥羽の離島にやってきて、「漁師のヨメになりたくて」知り合いのいないその島に単身Iターン。本当に漁師さんと結婚したのだそうです。

「漁に出るダンナを布団の中から、いってらっしゃいと手を振ればいいかと思っていたらとんでもなかったです」みんな大笑い。「毎朝1時に起きて、2時に見送って。漁師のおかみさんはみんなそう、港にズラッと並んで船が見えなくなるまで」みんな感心してしまいました。

これこそ、おいしい風景だと思いませんか?そうして送られたダンナさんが寒風の中獲ってきた魚を彼女が料理して民宿で出す。素朴で結構、どんな魚でもおいしくありがたくいただけるというものです。志ある若い漁師夫婦の愛に混ぜてもらった、そんな満足に浸れるはずです。

ワークショップの席、気の利いた市職員が海苔を炙って出してくれました。海苔をかじりながらのミーティング、こんなの初めて。でも、こういう会議からは新しいことがおきます。

島の風に吹かれてストレスを飛ばそう。船を見送るおかみさんの一日に付き合おう。海苔、ワカメ、ヒジキをとことん知ってもらおう。島を巡って宝探し。だんだんアイディアがでてきました。

とりあえず離島の人たちが、一緒に島の「食」を考えるメーリングリストを作ろう。“島食”を語ろうということになりました。鳥羽での海苔をバリッとかじりながらのミーティング、味わい深い時間でした。