伝える言葉

ちょっとしたこと

アベノマスクが届きました。そこにある文章に呆れました。「みなさまへ現下の情勢を踏まえ」の書き出しで始まるメッセージに「感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせ」などと続きます。書き手は、これを受け取る地方の爺ちゃん婆ちゃん、子育て家族などの顔が見えているのでしょうか。労ったり、身を案じる言葉はなく、役所用語で紋切り調。愛は伝わりませんでした。
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「みなさまへ

現下の情勢を踏まえ、一部の地域に新型コロナウィルスに関する緊急事態宣言が出されました。
他の地域でも感染が拡大する可能性があることから、みなさまには、不要不急の外出を避けるようお願いします。
人と人との接触を7割から8割削減することで、感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます。どうしても外出する必要がある場合には、既に自分は感染者かもしれないという意識をもっていただき、症状がない人でもマスクを着用するとともに、「3つの密(密閉、密集、密接)」を避ける行動の徹底をお願いします。
この度、感染拡大防止を図るため、一住所あたり2枚の布マスクを配布いたします。十分な量でないことは承知しておりますが、使い捨てではなく、洗剤を使って洗うことで、何度も再利用可能ですので、ご活用ください。」差出人 厚生労働省医政局経済課(マスク等物資対策班)

これが全文です。

マスク自体、もはや各地でみんなが素晴らしい手作りマスクを作れるようになり、小さな商いも成立している中で、洗って使えるマスクが今更届いてもありがたくないのですが、それにしてもこのメッセージでがっかりしました。

まずは、「皆さま、不安で不便な日々を送られていることとお察しいたします。お身体大丈夫ですか?なんとか心ひとつに、この新型コロナウィルスの流行を乗り越えたいものです」というような、心を感じる言葉があっていいと思うのですが。

さらに、「現下」や「ピークアウト」は?

庶民の日常語でない言葉を使うときは、それを置き換える。カタカナ言葉でわかりにくければ、日本語にする、(  )に日本語で書く。本当に相手に伝えたいのなら、そのくらいの配慮は当たり前でしょう。

そもそもコロナ関連の言葉にはカタカナのわからない言葉が多くて、高齢者などは置いてきぼりです。オンライン帰省?ステイホーム?ロックダウン?フィジカル・ディスタンシング?日本語であっても不要不急が若い人に伝わるのでしょうか?

伝えたいことがあるなら、伝わる言葉で語らないと!

このマスクを届ける文章は、メッセージではなく、事務文書。もらった側の気持ちがゴツゴツする書きぶりです。ある意味、偉そうでもあります。それでいて、「十分な量でないことは承知しておりますが、」と言い訳はきちんとしている。

「症状がなくともあなたは感染者かもしれません。なので、人に移さないためにまずはマスクです。皆がマスクをすれば、ウィルスが飛び散ることをある程度防げます。マスク不足のなか2枚ではありますが、洗って使えます。お役立ていただければ幸いです」

と、マスクはウィルスから身を守るのではなく、むしろウィルスを飛ばさないためということを印象深く強くうたえば、やれ小さい、かっこ悪い、ほつれがあった、くらいは許してくれたでしょう。

ほんの少しの面積に書く言葉、伝える言葉の選択は慎重にすべきなのです。それほどに慌てて急いでいて、本当はもっと違うコピーが書けるのに、ごめんなさいだったのかもしれません。でも、全世帯に出すものですから、何人もの人がチェックしている文章のはずです。

ジャガイモ畑を耕して、家に戻った爺ちゃんが土だらけの手を洗って、このマスクを受け取った。

1人暮らしの婆ちゃんが、孫からの手紙かと郵便箱を見るとこれがあった。

わーわ―泣く子どもを抱き、スーパーの荷物を両手に下げて家に戻った若いお母さんがポストにこれを見つけた。

そういう状況が想像できれば、「現下」でも「ピークアウト」でもないはずです。これを送った側が、市民の現実を想像できない人たちであることがよくわかります。

ましてや不良品が多量に出たなら、あたたかな心のない政府であること、天下の愚策であることの大宣伝を、466億円もかけてしたことになります。

各地でこのマスクがいらない人向けに、「アベノマスク」を引き取るポストができています。不良品だからでも、安倍首相からのマスクだからいらないでも、理由はともかく捨ててはもったいない。役立つ道もあります、捨てないで寄付しましょう。