母と年越し

ちょっとしたこと

18歳で家を出てから、初めて母と二人きりで1週間過ごしました。しかも年越しです。一緒に居ると、なかなかすごい98歳だと思います。「おばあちゃんはラインができないから皆の話題からオミットされちゃうの」「眉毛は、はっきり描きなさい。表情が出る」「何でも策に溺れると、上手くいかないものよ」なんて宣う。足と耳は衰えましたが発言はピシャリ!こうなりたいものです。

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昨年11月末に実家の姉が亡くなり、実母と義兄が家に残りました。姉夫婦の息子、娘、孫たちは近くにいるので足しげく通うものの、基本、老婆と義兄と猫の暮らしとなりました。母は昨年春から、心臓の病を抱え「いつ亡くなってもしょうがない」という状況だそうですが、見た目は元気です。

この暮れからお正月はめでたい新年ではないし、姉の納骨もまだ。「誰も来ないのだから釣りにでも行けば~」と義兄に勧め、八丈島に送り出し、私が母と猫の面倒を1週間見ることになったわけです。

年末に母は家の庭を綺麗にしたかったらしく、天気のいい日中に外へ繰り出しました。家の中も外も、手押し車が足替わり。椅子に座ったとたん、「熊手を何種類か持ってきて~」座ったままの掃き掃除。基本、おてんば、こういうことが好きな人です。

植木いじりが好きなのは私も受け継いでいて、伸びすぎ枝類などを切り詰めたり。それを母が細かく切り刻みビニールに詰めます。「おお!ハサミが使えている」と驚いた私ですが、結局この日の夜に、右手の指3本は真っ白になり、動かなくなりました。「もともと感覚がないんだからいいのよ。こうして死んじゃった指もストーブで温めると復活するのよ。いつものこと」と母。

久しぶりに外作業をしている母を猫たちが見守ります。姉が家で寝込み、亡くなるまで、母は庭どころじゃなく、母にまた付き合って作業を手伝う人もいなかったのでしょう。なんだか、表情は生き生きとしていました。

そうはいっても1時間で終わりにして、冷えるといけないから退散。「あんたがもらってきてママ(姉)が植えた貝殻草がまだ咲いてるよ。綺麗だね~」この移動にも、えらく時間がかかります。年に数回は実家に顔を出して母の老化は確認してはいましたが、時間を共にするとなかなか大変なことが良くわかりました。

とはいえ、私のことですから、そうそう馬鹿丁寧に世話はできません。義兄からも「あんまり世話しすぎると、1週間後にもとの暮らしに戻ったときにできなくなっちゃうから、注意ね」と言われていました。なので、ほどほどのお世話です。

「大晦日のおそばは“どん兵衛”だよ」「?」いい加減な娘の提案で、母は生れて初めて“どん兵衛”を食べたのでした。「こんな便利でおいしいものがあるんだねえ~」とペロリ。

母は自分を「洗濯屋さん」と呼んで、毎日洗濯機を回します。毎日、タオルや下着は洗わなくては気が済まない。そんなに洗うものもないのに・・・。私の家の洗濯物を段ボールで送ってあげましょうか。

シーツなどの大物は、はがすのも洗濯機から出すのも無理なので、普段はヘルパーさんか誰かがいるときに頼むようです。昼間は一人なので、昼食時にヘルパーさんが来てくれます。週に2回はお風呂に入れてくれる方も来ます。予定表を見ながら「結構忙しいんだよ」と母。身内だけでなく、他所の人との接触がそれなりに楽しいようです。

なにかゴソゴソしているかと思うと、干し柿のへたをハサミでほじっていたり、個包装のお菓子を選んでいたり、義兄に頼む買い物リストを書いていたり。「智子、食べよう」と声がかかると小さなおイモをオーブントースターで焼いた焼き芋でした。「ホイルを巻かなかったら爆発しちゃった~」

食欲は驚くくらい。そして昔よりいろいろなものを食べます。乳製品や肉類はダメだった人が、6Pチーズをパクパク。「朝はヨーグルトと生ハムね」。ピザやグラタンも好き。すき焼きの巨大なお肉一枚もペロリ。小休止にはココア。姉と義兄の暮らしの中で、こういう物が食べられるようになったのでしょう。

ただ、ガスはもう危なくて使えません、もっぱらトースターと電子レンジ。包丁は握れないし大きすぎる。まな板を置いても背が縮んだので力を入れられない。「年をとるってことは大変なことよ。おばあちゃんだって初めての経験だからね。あんた、よく見ておきなさい」

シンクはいつも綺麗にしていたい。食器は即洗う、その後拭いて、食器棚の定位置に置かないと気が済まない。「水切りに重ねておけばいずれ自分で乾くよ。それをまた使えばいいじゃん」という娘に呆れます。

でも、洗剤で指が荒れ、割れて痛い。指そのものが上下左右に曲がってきているので、ゴム手袋は指が入らない。皮ふにやさしい食器洗いと、ガボッっとはめられる大きなゴム手袋を買ってきました。この手袋の半分くらいまでしか手は入らないのですが、「なんだかこれでできそうだわ」と使っています。

庭の梅の樹にミカンを置くとメジロが来ました。私は張り切って、結束テープや発泡スチロールのトレイでちゃんとした鳥よせ台を作りました。すると、メジロが来ません。そこで母曰く「策に溺れると、だめ」の一言です。昔から人を良く観察してポツリと何か言う人でしたが、こちらが聞く耳を持たなかったのでしょう。今回は、なんだか一言ずつが身に沁みます。

電話のベルは補聴器で何とか聞こえますが、受話器を取りに行くのが間に合わない。耳にうまく受話器を当てられない。電話は無理そうです。ならば「ラインができなくて、オミット」されないように、せっせとハガキを出すか・・・。

ああ、くたびれた。3度のご飯を一緒に作り、食べ、寝るだけで。

でも、愚痴をいわない、冗談が多い、なんでもポジティブに、の母の姿勢には感心します。また、教えを乞いに実家に泊りに行きましょう。