納涼祭

ちょっとしたこと

この夏、各地で4年ぶりの納涼祭があったようです。伝統的なお祭りもですが、地域コミュニティの夏祭り、いろいろな呼び方はあれど、久しぶりに老いも若きも、子ども達もワクワクした時間でした。私は横浜市東戸塚のマンション、「東の街」のお祭りを覗かせていただきました。ビールや焼きそば、フリーマーケット、合唱。みんな、こんな繋がりを待っていたんですね。

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久しぶりにうかがった緑豊かな「東の街」です。カンカン照りでなくて、納涼にふさわしいお天気で良かった。

納涼とは、涼しさを納め入れる、取り込むという意味で、暑い時に涼しさを感じながらのお祭りのようです。あまり意味は深く考えずに、今年は「納涼花火大会」「納涼盆踊り」単に「夏祭り」「ふれあい祭」など、いろいろ各地で行われたようです。

ここのマンションでも、こんな人出は久しぶりでしょう。いきなり、「おいしいよ、肉がしっかり入ってる」とお勧めいただき、焼きそばとビールをご馳走いただきました。屋外での飲食、Tシャツ姿のおじ様たちの声が弾んでいます。

トウモロコシのいい匂い、懐かしいなあ~。

子ども達の歌も始まりました。皆さんで合唱です。普段は“入ってはいけない“とされている芝生も今日は無礼講。歌詞も配られて、皆さんが声を張り上げました。

フリーマーケットもあります。そういえば、昨年、この納涼祭はやらなかったけれども、マンションの地域づくりの活動で「つながるフェス」というささやかな催しをやったなあ~。と思い出します。その時に買ったものを、またフリマに出す人もいたりしてお笑い。私はまた、持ちきれないほどの買い物をしました。本当は、500円の炊飯器が欲しかったのですが、、、重くて諦めました。昨年買った、塗りのお椀は、軽くて使い易く、今も私のご飯椀にしたり、ぬかみそ漬けを入れたり、して使っています。

お肉はいつも食べているし、トウモロコシも家で食べています。買い物だって普段から。なのにこういう催しが楽しいのはなぜなのか?先日はある場所で「ことしの祭りには学童の子達が40人も来てくれた」という話を聞きました。

そう、今や分断されている家族、そして地域コミュニティが、こういう誰でも参加できる催しを通して繋がるからでしょう。そして、いつもは見ない人の姿、表情を見ることが出来る。あの人はあの人の奥さんだ。あの人が張り切ってあんなことやっている。あの人にこんなお孫さんが傷んだ。あの人バンジョー弾けるんだ。

そんな些細な発見や確認、喜びが、「ああ、祭りはいいなあ」ということになるのでしょう。もともと人の繋がりが薄れてきていた現代、さらにコロナが追い打ちをかけて、私たちは本当に寂しかったのです。心が乾いていたのです。だから、肉入り焼きそばがうれしいのです。ビールが美味しいのです。

日が落ちて、涼しい風が吹いてきました。ホッとする夕べをありがとう。